自分たちが小屋に閉じ込められたと冒険者たちが知ったとき、彼らは冷静にはなれなかった。罠の類いがあるとあらかじめ覚悟していた彼らにとっても、ヒルベルトとヘー・イッシの二人ががりでも破れない唯一の出入りのための扉には心を乱されるだけの説得力があった。彼らがここを訪れたのは単なる小屋掃除のためだった……と直前まで聞かされていた、と言うのが正しいだろうか。小屋は依頼人の曾々祖父が呪術の研究に使っていた、いわゆるいわく付きの建物であった。あわよくばその事を黙って冒険者たちを小屋に送り込もうとした依頼人に彼らは憤りを覚えたが、宿を追い出されないためしぶしぶ依頼を引き受けることにしたのだった。
「静かにしてください!」
ギーの怒鳴り声でヒルベルトが扉を蹴飛ばすのを止めた。それほかの冒険者たちも動きを止めギーの方に目を向けた。すると空間は静寂につつまれ、自らの体液が体の管を駆けめぐる音が聞こえるほどになった。
「異様なほど静かですね……」
眉間にしわをよせ辺りを見回すギーに、ノーミルは頭をかきながら尋ねた。
「えーと、どういこと?」
「推測ですが、小屋に施されていた罠が発動したのでしょう。次元移動系の罠が」
「それはつまり、私たちはここで一生を過ごすってことでいいかな?」
「いえ、間違って罠に掛かってしまった時のために、非常用の出口ぐらいはあるでしょう。敵を捕らえるための罠でもありませんし……。とりあえず、依頼をこなしませんか?」
ギーが一度手を叩いてから小屋の掃除に取りかかり始めると、冒険者たちも各々とりかかり始めた。小屋はほこりっぽい匂いがするものの、誰も立ち入らなかったためなのか、もしくは保護するような魔術が働いているのか100年以上も放置されていたとは思えないほどその姿を保っているようだった。とはいえ内装はリューンの古い建築によくある形をとっており、彼らはそこから遠い過去を見透かすことが自然と出来た。
「明かりが差し込んでるよ!」
ステファニーが声を上げると冒険者たちは手を止めた。彼女はカーテンの閉じられた窓の方に向かいそれを開けた。しかし彼らの期待はすぐに裏切られた。カーテンを開けた窓の向こうは白い壁で固められており、その壁も全く壊せそうな気配のないものであった。
「だめだね、残念」
ステファニーはがっくりと肩を落とし下を向いたが、足下に何かを見つけるとそれを拾い上げた。
「黄色い粉…?」
「少し見せてください」
彼女が拾ったのは粉が入った透明の瓶であった。ギーはそれを受け取るといぶかしげ表情でみつめた。
「これは宝石の粉末ですね。恐らく、ヘリオドールです」
するとヒルベルトが嬉しそうに言った。
「本当か! いい値がつくんじゃないか?」
「宝石としては価値はありませんよ。ですが魔術の触媒に使われるのでそれなりの値段にはなるでしょう」
「なんだ……、まあ売れるんならいいよ」
「いやいや、もしかしたらこの小屋からの脱出の手がかりになるかもしれませんよ?」
それを聞いてノーミルも口を開いた。
「それと同じような赤い奴ならベットの天蓋の上にあったわよ」
「ノーミル……、なんで言わないんですか」
「いや唐辛子粉かな、と思って」
ギーはそれを聞いて呆れたような素振りを見せながらも、天蓋の上に手を伸ばした。
「ガーネットです。これは何かありそうですね、もっと探しましょう」
冒険者たちは先ほどより熱心に小屋を調べ始めた。一度窮地に陥っても、すぐに希望をみつけて立て直すのは冒険者の本分だと言える。しかし何かを見つけるよりも先に、彼らは手を止めることになった。
「うわ!」
またもやステファニーが声を上げた。今回は悲鳴だった。冒険者たちは彼女の姿を探すがなぜか見当たらない。
「ステファニー……!?」
ヘー・イッシがそう呼びますが返答はない。それどころかネズミが一匹彼の顔に飛びついてきた。
「うぎゃああ!畜生悪魔めええ!」
そういうとヘー・イッシは頭をめちゃくちゃに振り回した。ネズミのほうも必死に彼の顔にしがみついたが、慣性に耐えきれず体を宙に投げ出した。この小動物が放物線を描き向かった先はノーミルのもとであった。
「ちょ……!こっちくんなあああ!」
ノーミル近くにあった燭台をつかみ取ると飛んできたネズミを思い切り打ち返した。幸い装飾の少ない燭台であったのでネズミの皮膚に突き刺さることはなかったのだが、ネズミはそのまま天井に叩きつけられると反動と重力に従い地上に落下し息絶えた。
「お~~~い」
ステファニーがそう呼ぶと冒険者たちは何があったのかを思い出した。
「どこだ!ステフィー!」
「こっちこっち、鏡の方だよ」
冒険者たちが鏡を見てみると彼女は確かに鏡の中に捕らわれていた。今さっきまでは確かに自らの姿を写していた鏡だったが、今は覗くとステファニーが写っていた。
「ステフィー!そちらは今どんな状況です!?」
「大きな窓がひとつだけある暗い部屋に閉じ込められてる感じだね」
「なるほど……。とりあえずはステファニーを助ける方法を探そう」
ヒルベルトはそう言うとさっそく小屋を探し始めた。しかしすぐ何かにつまづいてすっころんでしまった。アンゲロはヒルベルトに手を貸しながらあきれたように言った。
「せっかくかっこよく言ったのにな」
「違うんだよ何かに床にあって……、これだ!」
ヒルベルトが転んだのは緑の粉の入った瓶であった。
「ああ、エメラルドですね。それよりこれも見つけましたよ」
ギーはそう言うと一枚の書き置きのようなものを差し出した。ヒルベルトはそれを読み上げる。
「緑の柱で三つ色の月を満たせ、何のことだ?」
「わからないな、でも俺もさっき……」
「また何か見つけたのか!?」
「いや、見つけてないが。そこの机の引き出しが開かないんだよ。ヘー・イッシ、開けてくれよ」
アンゲロは机を指さした。その机は机上には燭台だけで何もなかったが、引き出しがありそこには鍵穴もあった。ヘー・イッシは得意の解錠技術でその引き出しをいとも簡単に開けて見せた。
「えっと……、絵だな色の無い月の絵だ」
ギーはそれを聞いて絵をのぞき込んで、うなずいてから話し始めた。
「三つの色ですからあの宝石三色、この絵に塗ってしまえばいいんですよ。きっと」
冒険者たちはそれに同意して床に絵と三つの瓶を置き、ノーミルが瓶開けた。
「えーと、緑は山よね」
そう言うと彼女は絵に書いてある山に粉を振りかけた。
「黄色は月で……」
「赤……赤は?」
「空じゃ? 夕焼けなんですよきっと」
ノーミルは首を傾げていましたが、ギーは構わずガーネットを散らした。その瞬間、絵全体が赤く染まった。
「イヤな感じしないか……?」
絵の中の赤色は光りとなって目の前に広がった、目の前が赤色で埋め尽くされたかと思うとそれは途端にひき、そこからまた別のものがあらわれた。
「機甲の兵士!?なんでこんなものが!」
光からあらわれたのは灰色の甲冑を着た戦士だった。大きな剣を持っていて、顔は兜を被っているのでよく見えないが、少し覗く生身は骸骨のような姿をしている。
兵士が動くよりも先にヒルベルトが斬りかかった。背中に打撃を与えて体勢を崩そうとしたが、兵士はビクともしなかった。
「かなり堅いぞ!注意しろ!」
「甲冑に攻撃するからだ。 見てろ!」
ヘー・イッシはそう言うと兵士の顔めがけてナイフを投げつけた。兵士はそれを腕で防ごうとしたがナイフはそれをすり抜け、兵士の目に突き刺さった。
「よし!」
兵士は一瞬うろたえたような素振りを見せたが、すぐに突き刺さったナイフを引っこ抜くとヘー・イッシに向かって剣を振るった。ヘー・イッシは間一髪で後ろに飛び退いて何とか逃れたが、兵士が剣を振るった風圧で後ろに倒された。
「やばいぞ! 退却しろ!」
「大丈夫ですよ。相手は一人ですから落ち着いて対処すれば勝てます」
「誰のせいだと思ってる!」
「ただ見てるのも同罪でしょう!」
冒険者たちはギーの言うとおり落ち着いて、相手を囲むように戦った。最初は無類の強さを誇るかと思われた機甲の兵士だったが、時がたつにつれ動きが鈍くなり最後には鉄くずとなった。アンゲロは地面にへたり込むと、言った。
「どうやらガーネットは外れってことだな」
「ステファニーを助ける方法もわからないし、もうどうしようもないわね」
ノーミルは冗談で言ったつもりだったが、冒険者たちにはその言葉が重くのしかかった。だがヘー・イッシだけはなぜかベットの下に潜り込もうとしていた。
「何してるの? エロ本でも隠した?」
「違うよ! いやさっき倒れた時にベットの下に発見したんだよ。これ、この本」
「召喚術入門……?ギー分かる?」
ギーは本受け取り中身を確かめるため開いた。すると突然、本の中から腕が生えてきたので、ギーは驚いて本を床に投げ捨てた。本から生えてきた腕は這い上がる様に床をつかみ、そのまま胴体を出した。
「ぎゃああ!ゾンビー!」
本から這い出てきたのは歩く屍であった。ゾンビーは足を本から抜くのに苦労したものの、すぐに全身をだすことに成功した。あっけにとられて見ていただけのヒルベルトもとっさに剣を構えた。
「またやってくれたなギー!」
「違うでしょ! いやそれよりあのゾンビーを鏡に突き飛ばして見てください!」
「ええ……、汚いだろ」
「いいですから!」
ヒルベルトは渋々ゾンビーを鏡に向かって突き飛ばし増した。ゾンビーが鏡に触れるとたちまち、その姿が吸い込まれていった。するとそれと入れ替わりにステファニーはこちら側にはじき出された。
「ステフィー!」
「助かったよ……、ありがとう。あと、これ」
そう言うとステファニーは水色の粉が入った小瓶を腰の巾着から取り出した。
「アクアマリンです!これできっと出れますね!」
冒険者たちは水色の粉を絵に振りかけた。
「やったぁ!出口が開いた!!」
カチャリと鍵が開く音を聞くとステファニーは手を叩いて喜んだ。ヘー・イッシが早速扉に手をかけようとするが後ろに冷たい気配を感じたのでとっさに振り向いた。すると何もない空間が一瞬ぼやけたかと思うと、濃い緑色の外套着た老人がたたずんでいたのだ。
「ゴースト!!」
「いかにも。ワシはこの小屋の以前の持ち主。小屋に仕掛けを施した張本人じゃ」
小屋の元所有者だと名乗るその老人はそれから長々と語り始めた。老人によれば、はじめは財産を守るために始めた呪術であったが、そのうち悪戯心が芽生えたため死に際に小屋に仕掛けを施し、子孫がかかるのを楽しみにしていたものの誰も来ず、ようやく冒険者たちが来たため成仏出来る。それと仕掛けは全て解かれていいるので安心していい、とのことであった。
「……とのことだった」
ヒルベルトがその話を依頼人に話すと曾々祖父も浮かばれると言い、綺麗なままの小屋を見るとなおのこと喜んだ様子で約束どうりの報酬を支払って貰えるた。こうして冒険者たちはまた新たな冒険話が出来たと談笑しつつ、いつもの娘さんのお疲れ様の言葉を聞きにラッツネストに戻っていったのであった。
| 引き継ぎ金 | 収入 | 支出 | ツケ | 合計 |
金額(sp) | 1240 | +500 | | -200 | 1540 |
| スキル | アイテム | 召喚獣 |
得 | | 果物ジュース・スタミナ毒・弱火晶石(2)・トンカチ | |
失 | | | |